最近読んだ本
佐野洋子の最新作を読みました。
佐野洋子のユーモア感覚が好きで、この方の「がんばりません」「ふつうがえらい」は何度読み返したことか。佐野洋子のように生きて佐野洋子のような文章が書きたいと常々思っておりました。この方は上記エッセイでいかに自分が恋愛体質ではないか、を書いていますが、実は彼女の代表作である「百万回生きたねこ」のような純愛の世界を谷川俊太郎と持っていたと知ったとき、なんとなく「ズルイ」と思ったものです。でも、けして意外ではありませんでした。世紀の詩人を陥落させるとはさすが佐野洋子。
新潟に滞在中、母の書棚に佐野洋子の最新エッセイ「役に立たない日々」があり、さっそく読んでびっくりしました。佐野洋子と谷川俊太郎、離婚していたのですね。しかもかなり前に。今回のエッセイは、いままでのように畳に寝転がってガハハハと笑いながら読んではいけないような、居住まいを正して読まねばと思ってしまうような、ちょっと壮絶なものがありました。
谷川俊太郎と佐野洋子は、「百万回生きたねこ」のとらねこと白いねこのように、死が二人を分かつまで一緒にいるのではないかと思っていました。実際には、二人は離婚、佐野洋子は癌で余命宣告され、ボケの初期症状を自覚しながらの孤高の一人暮らし。
「百万回生きたねこ」の作者が最愛のひとと離婚したということを、皮肉や矛盾ととられることがあるのかもしれません。でも、谷川俊太郎は、二十億光年の彼方から間違って地球にやってきた宇宙人であり、佐野洋子はバリバリ庶民の穢土代表。異星人同士が惹かれあうのにもうまくいかないのにも納得です。
最新のエッセイで、いままでになく、bitter で気難しい印象の佐野洋子ですが、正と死をまっすぐに見つめる芸術家らしい視点は変わっていません。詩人に惚れ、また惚れられたわけですネ
読み終わって、「私はやっぱり佐野洋子のように生きるぞ!」と改めて思いました。一人暮らしのトシヨリがかわいそう?そうかもしれない。でも佐野洋子は、韓流にハマって数か月にわたりおなじ姿勢で寝転がり韓国ドラマを見ているだけの日々を送ろうと、人間は誇り高く生きることができるのだと教えてくれます。
そして佐野洋子のように淡々と死を迎えよう。ってまだお亡くなりになったわけでもないのに縁起でもないですが。ウチの旦那はあの通り存在そのものがハイリスクな人間だし、海外に嫁にでた因果応報で、自分が老いるころにはきっとふたりの娘はどこか遠くに行っているだろう。冬ソナなんて、ちっともいいと思わなかったけど、そのころには美男スターに「もんぼれかえる」*感性が戻ってくるかも。それはそれで楽しみだな。
わたしの母方の祖母は96歳になり、認知症が進んで特別養護老人ホームに入りました。介護を続けてきた母は肩の荷がおりたことでしょう。この祖母を母が健康診断につれていったところ、体はとくに悪いところはなく、元気そのものだということです。名医と評判の高いドクターに呆けた祖母が言うには、「私は二歳のときに死に別れた母がいつも見守ってくれているんですよ」。かなりの介護地獄を経験した母の事情を知っているドクターは、祖母に「ふーん、そうなの。おかあさんにもういいよ、っていいなさい」と言ったそうです。
このやりとりを聞いた母の友人は、「仮にも医師がそんなことを、、、」と絶句顰蹙したそうですが、実母に対して「もういつ死んでもいいよ」という意味の医師の言葉を「爆笑コメント」として私に語った母は、やっぱり佐野洋子のファンなのです。
----
*「もんぼれかえる」 熱狂する、の意。ボケる、という意味もある新潟弁。「もんぼれる」とも言う。
| 固定リンク | コメント (2) | トラックバック (0)












最近のコメント